「敷金は全額返ってくると思っていたのに、原状回復費用だといって高額な請求が来た」「退去してから何か月も経つのに、敷金がまったく戻ってこない」——賃貸物件の退去時に、こうした相談は決して珍しくありません。敷金トラブルの多くは、貸主・借主どちらかが法律のルールを正しく理解していないことから生まれます。
原状回復の負担、法律ではどこまで決まっている?
民法621条(参照:e-Gov法令検索)では、借主が原状回復義務を負う範囲について、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」を除くと定めています。つまり、普通に生活していて生じた壁紙の日焼けや家具の設置跡といった経年劣化は、借主が負担する必要はないというのが法律上の原則です。
この考え方をより具体的に示しているのが、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(参照:国交省HP)です。ガイドラインでは、経年変化・通常損耗にあたるものと、借主の故意・過失による損耗にあたるものを区分し、負担割合の考え方を示しています。実務でトラブルになりやすいのは、この区分があいまいなまま請求書だけが送られてくるケースです。
敷金はいつ、どんな形で返してもらえる?
民法622条の2(参照:e-Gov法令検索)では、敷金は「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」に、未払い賃料等を差し引いた残額を返還する義務があると定められています。契約が終わっただけでは敷金は返ってこず、部屋を明け渡した後に初めて返還請求権が発生するという点は、意外と知られていません。
契約書の特約があっても、負担させられないことがある
「原状回復費用は借主負担」という特約が契約書にある場合でも、それだけで通常損耗の負担を借主に転嫁できるわけではありません。最高裁判所の判例では、通常損耗を借主負担とする特約が有効となるには、特約の必要性や合理性があり、借主がその内容を明確に認識し合意していたことが必要とされています。事業者である貸主と消費者である借主との契約では、あまりに一方的な特約は消費者契約法10条(参照:e-Gov法令検索)により無効となる可能性もあります。
話し合いで解決しない場合、内容証明という選択肢
貸主に返還を求めても応じてもらえない、あるいは根拠のはっきりしない請求書だけが送られてくる——そうした段階で有効なのが、内容証明郵便による請求です。内容証明は「いつ、誰が、どんな内容を相手に伝えたか」を郵便局が証明してくれる制度で、感情的なやり取りになりがちな敷金トラブルを、書面という形に落とし込むことができます。
宅地建物取引士として賃貸実務にも関わってきた立場から言うと、貸主側にも「どこまでが経年劣化にあたるのか」を正確に把握していないケースが多く、内容証明を送ることで初めて冷静な話し合いに戻れることも少なくありません。
内容証明を送る前に、知っておいていただきたいこと
内容証明の作成は行政書士の業務範囲ですが、既に貸主が明確に返還を拒否していて話し合いの余地がなく、このまま訴訟にならざるを得ないと見込まれるケースについては、代理人としての交渉は弁護士の専門領域になります。まだ話し合いによる解決の余地がある段階でのご相談であれば、内容証明の作成を通じてサポートすることが可能です。
まとめ
敷金の返還と原状回復の負担範囲は、民法621条・622条の2、そして国土交通省のガイドラインによって一定のルールが定められています。契約書の特約があっても、通常損耗まで借主に負担させることは難しいのが原則です。話し合いで解決しない場合は、内容証明という手段があることも知っておいていただければと思います。
「本記事の内容は一般的な法律解説であり、個別の契約内容や事案によって結論は異なります。すでに話し合いが決裂している場合や、訴訟を見据える必要がある場合は、弁護士が対応する領域になります。当事務所と連携するレスポンスも人柄も信頼の置ける弁護士のご紹介もできますので、まずはお気軽にご相談ください。」
専門家からの一言
宅建士として賃貸の現場を見てきた経験から言うと、敷金トラブルの多くは「悪意」ではなく「思い込み」から生まれています。貸主も借主も、それぞれが正しいと思っているルールが実は違う、というだけのことも多いのです。だからこそ、感情的な対立になる前に、事実を書面で整理することに意味があると考えています。
